2007年11月29日
ルブリン探索~ポーランド紀行<7>
ルブリン旧市街探索、クラクフ門から始めよう。
クラクフ門は重厚なバロック様式、往時の繁栄ぶりをうかがわせる。
ポーランド王の居城があった古都クラクフは南西200キロ先、だからクラクフ門なのだ。


新市街側から門をくぐり、旧市街に足を踏み入れる。
こぎれいとは言えないが、歴史を感じさせる街並みが続く。
建物の一つ一つには、今もルブリン市民の暮らしがある。
少し勾配がある石畳の道、ぶらぶらと歩く。
珍しく青空がのぞき、初冬の柔らかな日差しも注ぐ。
デイバッグにくくりつけているデジタル温度計は「14」を表示した。こんな日和は初めてだ。


旧市庁舎、新市庁舎、大聖堂、ドミニカン修道院…重厚な歴史遺産。
15~16世紀へタイムスリップしたような不思議な感覚にとらわれる。
甲冑に身を固めた騎士が飛び出してきても、違和感は全く感じないだろう。
遠目には瀟洒な建物群だが、目をこらすと痛みが進んでいる。
あちこちで修復に取り組んではいる。でも、すべて手作業。遅々として進まない。
歴史遺産を守り継ぐことの重みを、あらためて実感した。

石畳の道、歩き続けると膝にくる。
午後4時過ぎ、日は陰り、風も冷たさを増してきた。
そろそろホテルへチェックインしよう。
今夜の宿は旧市街そばの「グランドホテル」だ。
ルネサンス様式の柱列が、伝統と格式を物語る。
吹き抜けのロビー。豪華な調度品。ちょっぴり足がすくんだ。これでも五つ星じゃないとは驚きだ。


ゆったりしたベッド、真っ白い清潔なシート。
バスルームも広いし、バスタブもでかい。
勢いよく出てくるお湯に気分も安らぐ。
風呂あがり、ミニバーをのぞくとビールがあった。
中瓶クラス、2本ともラベルがかわいい。
価格表を見ると1本6ズロチ(270円)。

スーパー価格の2~3倍だが、ホテル価格としては安い。
もちろん、栓抜きもある。旅の平穏を祈って、同行者と乾杯する。
いよいよ明日、アウシュビッツ見学の拠点となるクラクフへ向かうのだ。
いくぶん高揚しながらも、電気を消すとすぐに眠りに落ちた。
うまい地ビールをたっぷり飲んだせいだけでもないだろう。
はるかな旅路、ようやく半ばを過ぎた。
【写真1、2】ルブリン旧市街の入口クラクフ門。新市街側(左)と旧市街側
【写真3】ルブリン大聖堂。ファサード最上部の浮き彫りが美しい
【写真4】市役所新庁舎。新庁舎といえども、バロック調の建築が印象的
【写真5】旧市街民家の浮き彫りの修復作業。熟練の技が求められる
【写真6】ルブリン「グランドホテル」。これでも4つ星クラスだ
【写真7】ミニバーに置かれていたビール。いずれもさわやかな飲み口だった
【写真8】広いベッドと清潔なシーツ。これなら熟睡できそう
★ ★ ★ ★
T上司ランチ漫遊もヨ・ロ・シ・ク!!
クラクフ門は重厚なバロック様式、往時の繁栄ぶりをうかがわせる。
ポーランド王の居城があった古都クラクフは南西200キロ先、だからクラクフ門なのだ。
新市街側から門をくぐり、旧市街に足を踏み入れる。
こぎれいとは言えないが、歴史を感じさせる街並みが続く。
建物の一つ一つには、今もルブリン市民の暮らしがある。
少し勾配がある石畳の道、ぶらぶらと歩く。
珍しく青空がのぞき、初冬の柔らかな日差しも注ぐ。
デイバッグにくくりつけているデジタル温度計は「14」を表示した。こんな日和は初めてだ。
旧市庁舎、新市庁舎、大聖堂、ドミニカン修道院…重厚な歴史遺産。
15~16世紀へタイムスリップしたような不思議な感覚にとらわれる。
甲冑に身を固めた騎士が飛び出してきても、違和感は全く感じないだろう。
遠目には瀟洒な建物群だが、目をこらすと痛みが進んでいる。
あちこちで修復に取り組んではいる。でも、すべて手作業。遅々として進まない。
歴史遺産を守り継ぐことの重みを、あらためて実感した。
石畳の道、歩き続けると膝にくる。
午後4時過ぎ、日は陰り、風も冷たさを増してきた。
そろそろホテルへチェックインしよう。
今夜の宿は旧市街そばの「グランドホテル」だ。
ルネサンス様式の柱列が、伝統と格式を物語る。
吹き抜けのロビー。豪華な調度品。ちょっぴり足がすくんだ。これでも五つ星じゃないとは驚きだ。
ゆったりしたベッド、真っ白い清潔なシート。
バスルームも広いし、バスタブもでかい。
勢いよく出てくるお湯に気分も安らぐ。
風呂あがり、ミニバーをのぞくとビールがあった。
中瓶クラス、2本ともラベルがかわいい。
価格表を見ると1本6ズロチ(270円)。
スーパー価格の2~3倍だが、ホテル価格としては安い。
もちろん、栓抜きもある。旅の平穏を祈って、同行者と乾杯する。
いよいよ明日、アウシュビッツ見学の拠点となるクラクフへ向かうのだ。
いくぶん高揚しながらも、電気を消すとすぐに眠りに落ちた。
うまい地ビールをたっぷり飲んだせいだけでもないだろう。
はるかな旅路、ようやく半ばを過ぎた。
【写真1、2】ルブリン旧市街の入口クラクフ門。新市街側(左)と旧市街側
【写真3】ルブリン大聖堂。ファサード最上部の浮き彫りが美しい
【写真4】市役所新庁舎。新庁舎といえども、バロック調の建築が印象的
【写真5】旧市街民家の浮き彫りの修復作業。熟練の技が求められる
【写真6】ルブリン「グランドホテル」。これでも4つ星クラスだ
【写真7】ミニバーに置かれていたビール。いずれもさわやかな飲み口だった
【写真8】広いベッドと清潔なシーツ。これなら熟睡できそう
★ ★ ★ ★
T上司ランチ漫遊もヨ・ロ・シ・ク!!
2007年11月26日
いざ古都ルブリンへ~ポーランド紀行<6>
ワルシャワからアウシュビッツに直行するはずが…。
ガイド氏の「ルブリンはいい街だよ」の誘いに乗って、なんとなく予定変更。
木曜日の朝、ルブリンヘ旅立った。
ひろしまPステーションでのアウシュビッツ生レポートは、
ポーランド時間の金曜日午前7時過ぎ(日本時間午後2時過ぎ)。
どうあがいても、もう間に合わない。パーソナリティーのOさん、ご免なさい。
ルブリンは1000年余りの歴史を持つ古都だ。
バルト海と黒海とを結ぶ交易路上にあり、ロシアやスカンジナビア諸国との交易で栄えた。
ワルシャワから南南東へ150キロ、長距離バスでほぼ3時間の道のりだ。
ポーランド4日目。やっと太陽が顔をのぞかせ、青い空も姿を見せた。
正午過ぎ気温は10度を超えた。風が無いのでそれほど寒くは感じない。
バスを降りると、なだらかな丘の上に白亜のルブリン城が姿を現した。
城壁に添って無粋な足場が組み立てられている。景観は台無しだ。修復中で城内には入れない。
まあ、そんなことで怒っていたら海外旅行なんて楽しめない。
なだらかな石畳の道を下って旧市街へ。とりあえずランチにしよう。
ゴシック調のファサードが歴史の重みを感じさせるレストラン。
まずはビールで一人乾杯。さわやかな飲み口だ。グラスの文字から判断して、初めて飲む銘柄だ。
お代わりしたかったが、不便なトイレ事情を考えて断念した。
キノコのスープ。濃厚なキノコの香りが立ち上る。豊潤な秋の大地の恵みだ。
メーンは牛肉のロール煮込み。ポーランドを代表する肉料理だ。
ピクルス、ハム、長ねぎが巻き込んである。ソースはトマト味。これは旨い。
でも、でかい、でかすぎる。とても2本は食べきれない。
2人で一皿で十分だった。デザートを頼まなくてよかった。
ランチを終え、いざ旧市街へ。1000年の歴史探訪スタートだ。
【写真1】白亜のルブリン城。ポーランド入国5日目で初めて青い空も広がった
【写真2】ルブリン城から望む旧市街。1000年の歴史を感じさせる建物が連なる
【写真3】民族料理レストラン。入り口の甲冑姿の兵士の像が手招きしていた
【写真4】ルブリンの地ビールなのか。言葉が分からないので確かめられなかった
【写真5】キノコのスープ。たぶん5種類くらいのキノコが…。これはうまかった
【写真6】メーンの牛肉のロール煮込み。あまりにもでかくて食べ切れなかった
★ ★ ★
T上司ランチ漫遊もヨ・ロ・シ・ク!!
2007年11月22日
ビール天国~ポーランドこぼれ話<2>
ポーランドはビールが安い。
のどが渇いたらビールごくごく。
これぞ旅の醍醐味だなあ。
ワルシャワ繁華街のスーパー。
うれしいことに午後11時まで営業している。
ドリンクコーナーにはビールがズラリと並んでいる。
もう数え切れないくらいの、多彩なラベル。
びんビールだけじゃなく、缶ビールも山のように積み上げられている。
いわゆる中びんで2ズロチ~3ズロチくらい(1ズロチは45円くらい)。
もちろん発泡酒じゃあありません。
どっさり買い込んで、ホテルの冷蔵庫で冷やして置く。
いつでも飲めて、安上がり。賢い旅人だなあ。
ミネラルウォーターは500CCサイズで2ズロチ。
ありゃあ、ビールより高いじゃん。
コーラはもっと高いぞ。コーラあかん。
レストランだと中ジョッキで4~5ズロチ(180~225円)。
まあ、サービスつきだからこんなものか。
おいしい料理においしいビール。またまた乾杯!!
【写真1】繁華街の大型スーパードのドリンクコーナー。多種多様なビールが並んでいる
【写真2】ビールは安い。中びんは2~3ズロチ。でも、栓抜きがないので缶ビールにする
【写真3】この缶ビールは2ズロチだった。ポーランド語が読めないので詳しいことは分からない
【写真4】ミネラルウォーターは割り高だ。水を飲むより、ビールを飲めということか
【写真5】レストランのグラスビール。1杯4ズロチ。ライトな味わいで飲みやすい
【写真6】ポーランドはEUに加盟したが、通貨はユーロじゃなく、いまだにズロチだ
★ ★ ★
T上司ランチ漫遊もヨ・ロ・シ・ク!!
2007年11月20日
悪魔のささやき~ポーランド紀行<5>
日本を出発したのは日曜日、もう水曜日だ。でも、まだワルシャワにいる。
これはヤバイぞ。今回の旅、最大の目的はアウシュビッツ訪問だ。
ヒロシマ・ナガサキと並ぶ、20世紀人類の愚行の象徴がアウシュビッツなのだ。
ひろしまPステーションで、アウシュビッツ報告をする約束になっている。
オンエアは日本時間金曜日午後2時過ぎ(こちらは金曜日午前7時)。
残された時間は、水・木の2日間しかない。
でも、まだワルシャワにいたい。
ポーランドが生んだ偉大な音楽家ショパンの生家も訪ねてみたい。
まあ、いいか。♪ケセラセラ~なるようになるさ~。
陰鬱な曇り空がワルシャワの街を覆っている。
これが冬のヨーロッパなのか。心まで沈んでしまいそうだ。
ショパンの生家はワルシャワから西へ50キロの寒村ジェラゾヴァ・ヴォラにある。
ほとんどカーブのない2車線の道を車はひた走る。
EC(欧州共同体)の規制で、日中でもヘッドランプを点灯している。
うねるように大平原が続く。収穫を終えたのか、作物はほとんど植わっていない。
1時間あまりで、ショパン生家に到着した。広い、広すぎる。
門から玄関まで100メートルはありそう。19世紀の領主、優雅な暮らしぶりが伺える。
生家はショパン博物館として保存されている。白亜ではあるが、豪邸ではない。
暖房は暖炉だけ。真冬は寒かっただろうなあ。
愛用のピアノ、出生証明書、自筆の楽譜…音楽家には垂涎のお宝が保存・展示されている。
撮影禁止なのが残念だ。日曜日には若手ピアニストの無料演奏会が開かれているとか。
ワルシャワに戻り、ショパン公園にも足を伸ばす。
気候のいい春から秋は、ワルシャワっ子の憩いの場所だ。
黄葉が美しいイチョウ並木。落葉を踏みしめ散策する。寒い、風が頬をさす。太陽が恋しいぞ。
ふと木陰に目をやると、ベンチに若いカップルがいた。
寒さのせいだけではないだろう。ぴったり寄り添っている。うらやましいなあ。
わが過ぎ去りし青春の日々は、はるか記憶の彼方。
いよいよ、あす木曜日はアウシュビッツへ。ところがガイドから悪魔のささやきが…。
「ルブリンに寄ったらどうだい。いい街だよ」。さあ、どうしよう。
パーソナリティーの顔が一瞬浮かんだが、悪魔に身を売ることに決めてしまった。
ここで、おまけのクイズです。
ショパン公園のショパン像、なんだかグロテスクな飾りがありますよね。
さて、これはなんでしょう。日本でもおなじみの植物です。
【写真1】窓にゴシックの浮き彫りをほどこしたアパート。ワルシャワの下町で発見
【写真2】ショパン生家へ続く道。生理的現象で一休み。珍しく青空が広がっていた
【写真3】広い庭園にポツンとたたずむショパンの生家。19世紀のまま保存されている
【写真4】ショパンとはこんな人。なんだか気難しそうだなあ
【写真5】ガソリンスタンドで燃料を入れてる間に、こちらは余分なものを排出
【写真6】ワルシャワ市内のショパン公園。さすがに人影はない、と思ったら…
【写真7】人目につきにくいベンチで若いカップルが…。愛は寒さに勝つ、のだろうか
☆ ☆ ☆ ☆
※T上司ランチ漫遊もヨ・ロ・シ・ク!!
2007年11月18日
ワルシャワぶらぶら~ポーランド紀行<4>
ワルシャワ2日目、ぶらりぶらりと下町観光。
寒い、あまりに寒い。タートルネックセーターにダウンジャケット。
それでも寒さは骨身にこたえる。同行者は携帯用カイロ3個をお腹に巻いた。
やはり冬のポーランド観光なんて、無謀な試みだったのか。
ポーランドとは、平らな(ポー)土地(ランド)という意味だ。
その名の通り国土の80%余りが平原だ。冬の強風は平原を一気に吹き抜ける。
さえぎるものがない大平原。
戦時には戦車が一気に駆け抜けた。
それがポーランドの悲劇の一因でもある。

午前10時を過ぎても気温は上がらない。
太陽は、厚いグレーの雲の向こうにかくれんぼ。
まずは世界遺産旧市街広場近くの青空マーケットへ。
買い出しのワルシャワっ子は厚手のコート、毛糸の帽子と完全武装。
売り子のおねえさん、おじちゃんたちの顔もこわばっている。
買い物を済ませると、みんな足早に去っていく。

でも子どもは風の子、元気いっぱい。
校外学習なのだろうか、旧市街広場の近くで20人くらいの集団と出会った。
仲良く手をつないでいる。カメラを向けると笑顔が広がった。
まるで西洋人形、とてもかわいい。スーツケースに一人入れて帰りたいくらいだ。
「チャイニーズ?」。先頭の女の子から尋ねられた。
「ノーノー、ジャパニーズ」。分かってくれたのだろう、大きくうなずいた。


石畳の道、風情はあるが歩きづらい。
街角のカフェで一休み。この寒さ、オープンカフェは営業休止。
言葉は通じないが、なんとかケーキセットを注文した。
かなり甘いケーキ、ボリュームもすごい。一人では食べきれない。二つ頼まなくてよかった。
コーヒー二つと合わせ19ズロチ(855円=1ズロチ45円)。
1ズロチをチップとしてテーブルに残した。

落書きは洋の東西を問わないのか。
ワルシャワ芸術大学の壁にも一面の落書き。
世界遺産指定エリア外なのがせめてもの救いか。
午後2時になったが、太陽は姿を見せない。
甘いケーキを食べたせいか、お腹もすかない。
1944年のワルシャワ蜂起の記念碑へ足を伸ばした。

ワルシャワ市民18万人~25万人が犠牲になったワルシャワ蜂起。
ナチスに追われて市民たちは、地下水道にもぐって抵抗を続けた。
アンジェイ・ワイダ監督「地下水道」は、この悲惨な戦いを描いている。
記念碑の戦士が見つめる先に、「地下水道」入り口が保存されている。
何の変哲もない四角い穴。花束が添えられてなければ、見過ごしてしまいそう。
「地下水道」のモノクロのシーンがフラッシュバックした。

【写真1】青空マーケットじゃなく灰空マーケット。買い物を済ませた人たちは足早に去っていく
【写真2】子どもたちは元気いっぱい。笑顔がかわいい。まるでお人形さんだ
【写真3】あまりの寒さにオープンカフェはテントを畳んで店じまい
【写真4】カフェのケーキセット。安くてボリュームたっぷり
【写真5】ワルシャワ芸術大学壁面の落書き。心ない奴はどこにもいるんだ
【写真6】ワルシャワ蜂起記念碑。まさに地下水道に潜ろうとしているところ
【写真7】写真右側、歩道のビル沿い花が飾られているところが地下水道入口
※T上司ランチ漫遊もヨ・ロ・シ・ク!!
寒い、あまりに寒い。タートルネックセーターにダウンジャケット。
それでも寒さは骨身にこたえる。同行者は携帯用カイロ3個をお腹に巻いた。
やはり冬のポーランド観光なんて、無謀な試みだったのか。
ポーランドとは、平らな(ポー)土地(ランド)という意味だ。
その名の通り国土の80%余りが平原だ。冬の強風は平原を一気に吹き抜ける。
さえぎるものがない大平原。
戦時には戦車が一気に駆け抜けた。
それがポーランドの悲劇の一因でもある。
午前10時を過ぎても気温は上がらない。
太陽は、厚いグレーの雲の向こうにかくれんぼ。
まずは世界遺産旧市街広場近くの青空マーケットへ。
買い出しのワルシャワっ子は厚手のコート、毛糸の帽子と完全武装。
売り子のおねえさん、おじちゃんたちの顔もこわばっている。
買い物を済ませると、みんな足早に去っていく。
でも子どもは風の子、元気いっぱい。
校外学習なのだろうか、旧市街広場の近くで20人くらいの集団と出会った。
仲良く手をつないでいる。カメラを向けると笑顔が広がった。
まるで西洋人形、とてもかわいい。スーツケースに一人入れて帰りたいくらいだ。
「チャイニーズ?」。先頭の女の子から尋ねられた。
「ノーノー、ジャパニーズ」。分かってくれたのだろう、大きくうなずいた。
石畳の道、風情はあるが歩きづらい。
街角のカフェで一休み。この寒さ、オープンカフェは営業休止。
言葉は通じないが、なんとかケーキセットを注文した。
かなり甘いケーキ、ボリュームもすごい。一人では食べきれない。二つ頼まなくてよかった。
コーヒー二つと合わせ19ズロチ(855円=1ズロチ45円)。
1ズロチをチップとしてテーブルに残した。
落書きは洋の東西を問わないのか。
ワルシャワ芸術大学の壁にも一面の落書き。
世界遺産指定エリア外なのがせめてもの救いか。
午後2時になったが、太陽は姿を見せない。
甘いケーキを食べたせいか、お腹もすかない。
1944年のワルシャワ蜂起の記念碑へ足を伸ばした。
ワルシャワ市民18万人~25万人が犠牲になったワルシャワ蜂起。
ナチスに追われて市民たちは、地下水道にもぐって抵抗を続けた。
アンジェイ・ワイダ監督「地下水道」は、この悲惨な戦いを描いている。
記念碑の戦士が見つめる先に、「地下水道」入り口が保存されている。
何の変哲もない四角い穴。花束が添えられてなければ、見過ごしてしまいそう。
「地下水道」のモノクロのシーンがフラッシュバックした。
【写真1】青空マーケットじゃなく灰空マーケット。買い物を済ませた人たちは足早に去っていく
【写真2】子どもたちは元気いっぱい。笑顔がかわいい。まるでお人形さんだ
【写真3】あまりの寒さにオープンカフェはテントを畳んで店じまい
【写真4】カフェのケーキセット。安くてボリュームたっぷり
【写真5】ワルシャワ芸術大学壁面の落書き。心ない奴はどこにもいるんだ
【写真6】ワルシャワ蜂起記念碑。まさに地下水道に潜ろうとしているところ
【写真7】写真右側、歩道のビル沿い花が飾られているところが地下水道入口
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2007年11月15日
超安心ホテル~ポーランドこぼれ話<1>
ワルシャワで宿泊したのは、新市街ど真ん中にある四つ星ホテル。
35階建て、エレベーターは低層階用と高層階ように分かれています。
わが部屋は13階のツイン、もちろん禁煙ルームです。

大きな部屋の窓から繁華街が一望できます。
写真中央にそびえるのがワルシャワ文化宮殿です。
ソ連の指導者スターリン(当時)から贈られたもの。
モスクワ(現ロシア)にも、全く同じものがそびえています。
最上階が展望台になっており(その他のフロアはオフィスなど)、
1989年の東欧革命の後はワルシャワっ子に開放されています。
ホテルから鉄道ワルシャワ駅までは徒歩2分、
ワルシャワで一、二を争うデパートも目の前。
夜11時まで営業の大型スーパーも、片道5分とかかりません。


外国人使仕様なのか、バスタブはゆったりロングサイズ。
らくらく足を伸ばして、寝転がるようにして疲れを癒す。
アメニティーも充実していますが、なぜかヒゲそりと歯ブラシは置いてありません。
このホテルの最大の美点は、セキュリティーに優れていることです。
これはエレベーター、ある操作をしないと行き先階のボタンが押せないのです。
もちろん、エレベーターは微動だにしません。
その秘密が、行き先階のボタンの右側にあります。
さて、このエレベーター、どうすれば動くのでしょうか。
正解者にプレゼントはありませんが、名回答をお待ちしています。
【写真1】ホテル13階から望む文化宮殿。左側植え込みの向こうがワルシャワ駅
【写真2】35階建て高層ホテル。ロビーがある1階はヨーロッパ式だと0階になる
【写真3】ホテルのエレベーター。右側の部分にセキュリティーの秘密がある…
★ ★ ★ ★
T上司ランチ漫遊もヨ・ロ・シ・ク !!
35階建て、エレベーターは低層階用と高層階ように分かれています。
わが部屋は13階のツイン、もちろん禁煙ルームです。

大きな部屋の窓から繁華街が一望できます。
写真中央にそびえるのがワルシャワ文化宮殿です。
ソ連の指導者スターリン(当時)から贈られたもの。
モスクワ(現ロシア)にも、全く同じものがそびえています。
最上階が展望台になっており(その他のフロアはオフィスなど)、
1989年の東欧革命の後はワルシャワっ子に開放されています。
ホテルから鉄道ワルシャワ駅までは徒歩2分、
ワルシャワで一、二を争うデパートも目の前。
夜11時まで営業の大型スーパーも、片道5分とかかりません。


外国人使仕様なのか、バスタブはゆったりロングサイズ。
らくらく足を伸ばして、寝転がるようにして疲れを癒す。
アメニティーも充実していますが、なぜかヒゲそりと歯ブラシは置いてありません。
このホテルの最大の美点は、セキュリティーに優れていることです。
これはエレベーター、ある操作をしないと行き先階のボタンが押せないのです。
もちろん、エレベーターは微動だにしません。
その秘密が、行き先階のボタンの右側にあります。
さて、このエレベーター、どうすれば動くのでしょうか。
正解者にプレゼントはありませんが、名回答をお待ちしています。
【写真1】ホテル13階から望む文化宮殿。左側植え込みの向こうがワルシャワ駅
【写真2】35階建て高層ホテル。ロビーがある1階はヨーロッパ式だと0階になる
【写真3】ホテルのエレベーター。右側の部分にセキュリティーの秘密がある…
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2007年11月14日
不屈の意志~ポーランド紀行<3>
ブッ、ブッ、ブッ~。なんの音だろう。白濁した意識の中で、記憶が少しずつ覚醒した。
電話の音だ。ここはワルシャワのホテル。腕時計を見ると午前9時をすぎている。
昨夜、フロントにモーニングコールを頼んでおいたのだ。
長い旅路、疲れがたまっていたのだろう。
泥のように眠り込んだ。夢すらも見なかった。
でも、不思議と不快ではない。どちらかといえば、さわやかな目覚めだった。

のんびり身支度を整え、ホテル1階(ヨーロッパ風に言うと0階)のレストランへ。
日本にいるときは朝食は食べないのだが、朝食セットなので食べないともったいない。
午前10時前、ピークを過ぎているのか広いフロアに客は数組だけだ。
朝食はバイキング。ハム・ソーセージが10種類、チーズも豊富に並んでいる。
気候が厳しい風土のせいか、緑色の野菜はほとんど見当たらない。
ロングソーセージにかぶりつく。ポリポリと食欲をそそる音。肉汁が多く、これはいける。

午前11時、ガイドと合流しワルシャワ観光へ。
ワルシャワ旧市街は丸ごと世界遺産に指定されている。
旧市街は車の乗り入れが禁止されているので、徒歩で巡ることになる。
正午近いのに、気温は上がらない。灰色の雲が空を覆い、強い風が鋭い針のように頬をさす。
セーターの上にダウンジャケットをはおっているが、身も心も凍りつきそうだ。
石畳の道、風情はあるが歩きにくい。


バロック、ルネサンス、ゴシック様式のレンガ造り…重厚だがカラフルな建物が軒を連ねる。
16世紀にタイムスリップしたような錯覚に陥った。
でも、この建物群は第2次大戦後にすべて再建されたものなのだ。
歴史は1944年に遡る。市民たちがナチス打倒に立ち上がった。ワルシャワ蜂起だ。
しかしソ連軍(当時)に見離されたこともあり、2ヵ月後に完全に鎮圧される。
ワルシャワ市民18万人~25万人が犠牲になった。

ナチスは報復としてワルシャワを徹底的に破壊、歴史を秘めた街並みは瓦礫の山と化した。
ワルシャワ市民はくじけなかった。不屈の意志で、街の再建に乗り出した。
再建といっても新しく作ったのではない。
写真やスケッチ、歴史資料、人々の記憶をもとに瓦礫を一つ一つ積み上げていったのだ。
壁の色はもちろん、壁のひび1本まで忠実に再現した。
ユネスコは1980年、人々の不屈の努力を認めて旧市街を世界遺産に登録した。

2時間近く歩き回っただろうか。お腹の虫が目を覚ました。
ランチは旧市街そばのレストラン。家族連れや若者たちでにぎわっている。
バルシチは発酵させたビートを使った鮮紅色のスープ。
ポーランド民族料理で、ロシアのポルシチと名前は似ているが全く別物だ。
恐る恐る(?)、口をつけた。紛れもなく野菜スープだ。野菜嫌いに飲めるはずはない。
メーンは虹鱒のソテー。カラリとしながらも、ホクホクとした虹鱒はうまい。

ワルシャワの人々を首都再建に立ち上がらせたものはなにか。
東にロシア、西にドイツ、南にオーストリア。
大国の狭間にあり、分割・併合の悲しい歴史を繰り返してきたポーランド。
祖国への強い愛情、誇り、そして人々の強い絆。
石畳の道を歩きながら、わが祖国、わが広島に思いをはせた。
この灰色の空のように重い宿題を背負わされた憂鬱な気分になった。
<ワルシャワ>ポーランド首都。現在の人口は175万人。作曲家ショパン、物理科学者キュリー夫人の生誕地。重厚で壮麗な建造物が連なり、「北のパリ」とも称えられた都だ。
【写真1】四つ星ホテルの朝食バイキング。ハム・ソーセージ、チーズは豊富だ
【写真2】世界遺産ワルシャワ旧市街広場、重い灰色の空、心まで沈んでしまいそう
【写真3】旧市街宏広場に残る16世紀の手押しポンプ。いまも水が出るという
【写真4】旧市街広場に通じる石畳の坂道。人々の服装はすっかり冬支度だ
【写真5】旧市街にめぐらされていたレンガの城壁。一部しか残っていない
【写真6】バルシチ。浮かんでいるには餃子の皮みたいなもの
【写真7】ランチのメーンは虹鱒のソテー。付け合せは茹でたジャガイモ
★ ★ ★ ★
T上司ランチ漫遊もヨ・ロ・シ・ク
電話の音だ。ここはワルシャワのホテル。腕時計を見ると午前9時をすぎている。
昨夜、フロントにモーニングコールを頼んでおいたのだ。
長い旅路、疲れがたまっていたのだろう。
泥のように眠り込んだ。夢すらも見なかった。
でも、不思議と不快ではない。どちらかといえば、さわやかな目覚めだった。

のんびり身支度を整え、ホテル1階(ヨーロッパ風に言うと0階)のレストランへ。
日本にいるときは朝食は食べないのだが、朝食セットなので食べないともったいない。
午前10時前、ピークを過ぎているのか広いフロアに客は数組だけだ。
朝食はバイキング。ハム・ソーセージが10種類、チーズも豊富に並んでいる。
気候が厳しい風土のせいか、緑色の野菜はほとんど見当たらない。
ロングソーセージにかぶりつく。ポリポリと食欲をそそる音。肉汁が多く、これはいける。

午前11時、ガイドと合流しワルシャワ観光へ。
ワルシャワ旧市街は丸ごと世界遺産に指定されている。
旧市街は車の乗り入れが禁止されているので、徒歩で巡ることになる。
正午近いのに、気温は上がらない。灰色の雲が空を覆い、強い風が鋭い針のように頬をさす。
セーターの上にダウンジャケットをはおっているが、身も心も凍りつきそうだ。
石畳の道、風情はあるが歩きにくい。


バロック、ルネサンス、ゴシック様式のレンガ造り…重厚だがカラフルな建物が軒を連ねる。
16世紀にタイムスリップしたような錯覚に陥った。
でも、この建物群は第2次大戦後にすべて再建されたものなのだ。
歴史は1944年に遡る。市民たちがナチス打倒に立ち上がった。ワルシャワ蜂起だ。
しかしソ連軍(当時)に見離されたこともあり、2ヵ月後に完全に鎮圧される。
ワルシャワ市民18万人~25万人が犠牲になった。

ナチスは報復としてワルシャワを徹底的に破壊、歴史を秘めた街並みは瓦礫の山と化した。
ワルシャワ市民はくじけなかった。不屈の意志で、街の再建に乗り出した。
再建といっても新しく作ったのではない。
写真やスケッチ、歴史資料、人々の記憶をもとに瓦礫を一つ一つ積み上げていったのだ。
壁の色はもちろん、壁のひび1本まで忠実に再現した。
ユネスコは1980年、人々の不屈の努力を認めて旧市街を世界遺産に登録した。

2時間近く歩き回っただろうか。お腹の虫が目を覚ました。
ランチは旧市街そばのレストラン。家族連れや若者たちでにぎわっている。
バルシチは発酵させたビートを使った鮮紅色のスープ。
ポーランド民族料理で、ロシアのポルシチと名前は似ているが全く別物だ。
恐る恐る(?)、口をつけた。紛れもなく野菜スープだ。野菜嫌いに飲めるはずはない。
メーンは虹鱒のソテー。カラリとしながらも、ホクホクとした虹鱒はうまい。

ワルシャワの人々を首都再建に立ち上がらせたものはなにか。
東にロシア、西にドイツ、南にオーストリア。
大国の狭間にあり、分割・併合の悲しい歴史を繰り返してきたポーランド。
祖国への強い愛情、誇り、そして人々の強い絆。
石畳の道を歩きながら、わが祖国、わが広島に思いをはせた。
この灰色の空のように重い宿題を背負わされた憂鬱な気分になった。
<ワルシャワ>ポーランド首都。現在の人口は175万人。作曲家ショパン、物理科学者キュリー夫人の生誕地。重厚で壮麗な建造物が連なり、「北のパリ」とも称えられた都だ。
【写真1】四つ星ホテルの朝食バイキング。ハム・ソーセージ、チーズは豊富だ
【写真2】世界遺産ワルシャワ旧市街広場、重い灰色の空、心まで沈んでしまいそう
【写真3】旧市街宏広場に残る16世紀の手押しポンプ。いまも水が出るという
【写真4】旧市街広場に通じる石畳の坂道。人々の服装はすっかり冬支度だ
【写真5】旧市街にめぐらされていたレンガの城壁。一部しか残っていない
【写真6】バルシチ。浮かんでいるには餃子の皮みたいなもの
【写真7】ランチのメーンは虹鱒のソテー。付け合せは茹でたジャガイモ
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T上司ランチ漫遊もヨ・ロ・シ・ク
2007年11月11日
旅立ち・下~ポーランド紀行<2>
午後6時、アリタリア航空機はミラノ空港に無事ランディング。
日本時間だと午前1時。広島の自宅を出てから、すでに18時間が経過しています。
さらに2時間半のトランジット、ポーランド首都ワルシャワまで2時間半のフライトが待っている。

そもそも、なぜポーランドへ旅をするのか。
わが旅行計画を聞いた友人たちは「なぜ?」「なにがあるの?」といぶかしがった。
なにがあるのかといえば、そこにアウシュビッツがあるからなのです。
第2次大戦中、ナチスによってユダヤ人150万人が虐殺されたアウシュビッツ(総数に異論もある)。
原爆投下で甚大な被害を受けたヒロシマ・ナガサキと並んで、
20世紀の人類の最大の愚行と言われています。
復興に立ち上がった広島に生を受け、広島で育った生粋の広島人として、
いつかはアウシュビッツを訪ね、その実相を学びたいと思っていました。
紆余曲折はあったものの、その思いが今年果たされようとしているのです。


ミラノ空港の搭乗待合室で、本場のカプチーノ(1ユーロ=170円)でのどを潤す。
午後8時半、再びアリタリア航空機に乗り込み、ワルシャワへの最終フライト。
通算3度目の機内食、冷えたサンドイッチとドリンクがサービスされました。
ワルシャワ国際空港に着陸したのは午後11時(日本時間午前6時)。
深夜のせいか、ほとんど人気はない。両替所もすでにシャッターが下りている。
入国審査もなにごともなく終了。空港建屋から外に出ると、吐く息が白くなった。
デイバッグにつけている温度計を見ると、なんと摂氏3度。
日本は25度だったから、夏から冬へ一気に季節が変わったことになる。
あわててジャケットの前ボタンを閉じるが、体の芯まで一気に冷え込んだ。


あわてて迎えの車に乗り込み、ワルシャワ中心部のホテルへ。
チェックインをすませ部屋に荷物を下ろしたときには深夜零時を過ぎていた。
広島出発が午前7時。24時間余りの長い長い旅路だった。
【写真1】霧にかすむアウシュビッツ収容所ゲート。「働けば自由になる」の看板が空々しい
【写真2】ミラノ空港で飲んだカプチーノ。本場だけに安くてうまい
【写真3】機内食3食目。硬くて冷たいパン、ワインだけ飲んだ
【写真4】ワルシャワの4つ星ホテル。大きな窓、清潔なベッドがうれしい
【写真5】外国人仕様のゆったりした湯船。アメニティーもまずまずだが、髭剃り・歯磨きはない
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日本時間だと午前1時。広島の自宅を出てから、すでに18時間が経過しています。
さらに2時間半のトランジット、ポーランド首都ワルシャワまで2時間半のフライトが待っている。

そもそも、なぜポーランドへ旅をするのか。
わが旅行計画を聞いた友人たちは「なぜ?」「なにがあるの?」といぶかしがった。
なにがあるのかといえば、そこにアウシュビッツがあるからなのです。
第2次大戦中、ナチスによってユダヤ人150万人が虐殺されたアウシュビッツ(総数に異論もある)。
原爆投下で甚大な被害を受けたヒロシマ・ナガサキと並んで、
20世紀の人類の最大の愚行と言われています。
復興に立ち上がった広島に生を受け、広島で育った生粋の広島人として、
いつかはアウシュビッツを訪ね、その実相を学びたいと思っていました。
紆余曲折はあったものの、その思いが今年果たされようとしているのです。


ミラノ空港の搭乗待合室で、本場のカプチーノ(1ユーロ=170円)でのどを潤す。
午後8時半、再びアリタリア航空機に乗り込み、ワルシャワへの最終フライト。
通算3度目の機内食、冷えたサンドイッチとドリンクがサービスされました。
ワルシャワ国際空港に着陸したのは午後11時(日本時間午前6時)。
深夜のせいか、ほとんど人気はない。両替所もすでにシャッターが下りている。
入国審査もなにごともなく終了。空港建屋から外に出ると、吐く息が白くなった。
デイバッグにつけている温度計を見ると、なんと摂氏3度。
日本は25度だったから、夏から冬へ一気に季節が変わったことになる。
あわててジャケットの前ボタンを閉じるが、体の芯まで一気に冷え込んだ。


あわてて迎えの車に乗り込み、ワルシャワ中心部のホテルへ。
チェックインをすませ部屋に荷物を下ろしたときには深夜零時を過ぎていた。
広島出発が午前7時。24時間余りの長い長い旅路だった。
【写真1】霧にかすむアウシュビッツ収容所ゲート。「働けば自由になる」の看板が空々しい
【写真2】ミラノ空港で飲んだカプチーノ。本場だけに安くてうまい
【写真3】機内食3食目。硬くて冷たいパン、ワインだけ飲んだ
【写真4】ワルシャワの4つ星ホテル。大きな窓、清潔なベッドがうれしい
【写真5】外国人仕様のゆったりした湯船。アメニティーもまずまずだが、髭剃り・歯磨きはない
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T上司ランチ漫遊もヨ・ロ・シ・ク
2007年11月09日
旅立ち・上~ポーランド紀行<1>
関西国際空港午後1時、アリタリア航空機は定刻に離陸した。
イタリア・ミラノを経てポーランド首都ワルシャワへ17時間の長旅だ。
B777エコノミークラスは満席。窮屈で退屈なフライトが始まった。
まず時計の針をポーランド時間に合わせる。
現地の時の流れに身を任せ、時差ぼけを防ぐためだ。
日本とポーランドの時差はマイナス7時間(未だサマータイム)。ポーランドは午前6時だ。

2時間後、1食目の機内食が配られた。
「ジャパニーズ? イタリアン?」。スッチーさんから声がかかる。
イタリアンに心が動いたが、“日本最後の晩餐”なので和食をチョイス。
ちらし寿司、牛肉煮込み、焼き魚、サラダ。なぜかパンまで付いている。
機内食としては、お味もボリュームもまずまず。
白ワインを飲みながら、野菜とパンを残して完食する。

酔いも手伝って眠くなるが、ここで眠ると時差ボケになる。
ブックオフで購入した105円の文庫本を広げる。
ふと窓の外を見やると、荒涼たる雪景色が広がっている。
どうやらシベリア上空を飛んでいるらしい。しばし景色に見とれる。
それにしても機内の時間は緩やかに流れる。
文庫本3冊を読み終えたところで、2回目の機内食タイムだ。

出発から10時間、やっと午後4時になろうとしていた。
ハム、野菜スティック、フォカッチャ、ケーキ。ちょっと寂しい。
狭いエコノミー席に閉じこもっていたためか、食欲はおきない。
赤ワインでハムを1枚、コーヒーでケーキを食べたのみ。
眼下に、急峻なスイスアルプスの山並みが連なっている。
ミラノ空港はもうすぐだ。シートベルト着用サインも再点灯した。(続く)

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T上司ランチ漫遊もヨ・ロ・シ・ク
イタリア・ミラノを経てポーランド首都ワルシャワへ17時間の長旅だ。
B777エコノミークラスは満席。窮屈で退屈なフライトが始まった。
まず時計の針をポーランド時間に合わせる。
現地の時の流れに身を任せ、時差ぼけを防ぐためだ。
日本とポーランドの時差はマイナス7時間(未だサマータイム)。ポーランドは午前6時だ。
2時間後、1食目の機内食が配られた。
「ジャパニーズ? イタリアン?」。スッチーさんから声がかかる。
イタリアンに心が動いたが、“日本最後の晩餐”なので和食をチョイス。
ちらし寿司、牛肉煮込み、焼き魚、サラダ。なぜかパンまで付いている。
機内食としては、お味もボリュームもまずまず。
白ワインを飲みながら、野菜とパンを残して完食する。
酔いも手伝って眠くなるが、ここで眠ると時差ボケになる。
ブックオフで購入した105円の文庫本を広げる。
ふと窓の外を見やると、荒涼たる雪景色が広がっている。
どうやらシベリア上空を飛んでいるらしい。しばし景色に見とれる。
それにしても機内の時間は緩やかに流れる。
文庫本3冊を読み終えたところで、2回目の機内食タイムだ。
出発から10時間、やっと午後4時になろうとしていた。
ハム、野菜スティック、フォカッチャ、ケーキ。ちょっと寂しい。
狭いエコノミー席に閉じこもっていたためか、食欲はおきない。
赤ワインでハムを1枚、コーヒーでケーキを食べたのみ。
眼下に、急峻なスイスアルプスの山並みが連なっている。
ミラノ空港はもうすぐだ。シートベルト着用サインも再点灯した。(続く)
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