2008年01月09日
愚行の証し…アウシュビッツ下~ポーランド紀行<10>
陰鬱な心を引きずりながら、第2のアウシュビッツ「ビルケナウ収容所」へ向かう。
アウシュビッツから西へ2キロ、大平原の先に「死の門」が待っていた。
「死の門」の下に1本の線路。収容所内に向かって真っすぐ伸びている。
錆びついた線路に、花束が置かれていた。
思わず手を合わせ、頭を垂れる。
このビルケナウではユダヤ人百数十万人が虐殺されたのだ。

欧州各地から貨物列車で運ばれて来たユダヤ人は、どんな思いでこの門をくぐったのだろうか。
無慈悲に「選別」され、ガス室に送られるなんて夢にも思わなかっただろう。
ユダヤ人の心情を思うと、言葉まで錆びついてしまいそうだ。
いまは「死の門」は閉鎖されている。すぐそばに見学者用のゲートがあった。
言い知れぬ苛立ちを覚えながら、収容所内に足を踏み入れた。
木造バラック群が視界に入った。窓もない粗末な建て物だ。

大げさなようだが、バラック群は水平線の彼方まで続いている、
いったい、いくつあるのだろう。
ガイドの説明によると300棟。ピーク時には9万人が収容されていた。
ビルケナウの総面積は1・4キロ(東京ドーム37個分)。アウシュビッツをはるかに上回るスケールだ。
ガス室とされる建物はナチスが撤退時に破壊したが、居住棟の一部は当時のまま保存されている。
ガイドに促され、居住棟の内部に入った。

「これは…」。言葉を失った。まるで家畜小屋だ。
床はなく、荒れた地面がむき出しだ。天井の明り取りから、辛うじて光が差し込む
とうてい人間が住めるような環境ではない。
カイコ棚のような三段ベッド。1段に数人が押し込められた。
マットはなく、ワラの上に寝かされたという。
厳寒の地。ユダヤ人はどんな思いで、寒さをこらえていたのだろうか。

ベッドのかたわらに、丸い穴が穿たれた細長いコンクリートの台があった。
高さは40~50センチくらいだろうか。
なんとなく想像はついた。これはトイレなのだ。
あまりに酷い。羞恥心という人間の尊厳まで捨てさせようとしたのだろうか。
汚水を流す溝は、三段ベッドの下に続いている。
排水もままならず、悪臭はバラック全体に立ち込めたに違いない。

第2次世界大戦からから60年余の歳月が流れた。
20世紀最大の愚行アウシュビッツとヒロシマ・ナガサキ。
21世紀の人類は、歴史の教訓に何を学ぼうとしているのか。
この時期としては珍しい青空が広がったが、、
心は晴れぬまま、収容所を後にした。
ポーランド彷徨、6日目が終わった。
【写真1】死の門。「シンドラーのリスト」などホロコーストがテーマの映画で、何度となく描かれている
【写真2】荒涼としたビルケナウ収容所に立ち並ぶ木造バラック群
【写真3】木造バラック入り口。あまりにも粗末な作りだ、隙間風は容赦なく吹き込んだだろう
【写真4】木製の三段ベッドがぎっしり並ぶ。マットレスはなく、寝藁が敷かれていた
【写真5】収容者用のトイレ。排水用の溝は掘ってあったが、ほとんど役立たなかったという
アウシュビッツから西へ2キロ、大平原の先に「死の門」が待っていた。
「死の門」の下に1本の線路。収容所内に向かって真っすぐ伸びている。
錆びついた線路に、花束が置かれていた。
思わず手を合わせ、頭を垂れる。
このビルケナウではユダヤ人百数十万人が虐殺されたのだ。
欧州各地から貨物列車で運ばれて来たユダヤ人は、どんな思いでこの門をくぐったのだろうか。
無慈悲に「選別」され、ガス室に送られるなんて夢にも思わなかっただろう。
ユダヤ人の心情を思うと、言葉まで錆びついてしまいそうだ。
いまは「死の門」は閉鎖されている。すぐそばに見学者用のゲートがあった。
言い知れぬ苛立ちを覚えながら、収容所内に足を踏み入れた。
木造バラック群が視界に入った。窓もない粗末な建て物だ。
大げさなようだが、バラック群は水平線の彼方まで続いている、
いったい、いくつあるのだろう。
ガイドの説明によると300棟。ピーク時には9万人が収容されていた。
ビルケナウの総面積は1・4キロ(東京ドーム37個分)。アウシュビッツをはるかに上回るスケールだ。
ガス室とされる建物はナチスが撤退時に破壊したが、居住棟の一部は当時のまま保存されている。
ガイドに促され、居住棟の内部に入った。
「これは…」。言葉を失った。まるで家畜小屋だ。
床はなく、荒れた地面がむき出しだ。天井の明り取りから、辛うじて光が差し込む
とうてい人間が住めるような環境ではない。
カイコ棚のような三段ベッド。1段に数人が押し込められた。
マットはなく、ワラの上に寝かされたという。
厳寒の地。ユダヤ人はどんな思いで、寒さをこらえていたのだろうか。
ベッドのかたわらに、丸い穴が穿たれた細長いコンクリートの台があった。
高さは40~50センチくらいだろうか。
なんとなく想像はついた。これはトイレなのだ。
あまりに酷い。羞恥心という人間の尊厳まで捨てさせようとしたのだろうか。
汚水を流す溝は、三段ベッドの下に続いている。
排水もままならず、悪臭はバラック全体に立ち込めたに違いない。
第2次世界大戦からから60年余の歳月が流れた。
20世紀最大の愚行アウシュビッツとヒロシマ・ナガサキ。
21世紀の人類は、歴史の教訓に何を学ぼうとしているのか。
この時期としては珍しい青空が広がったが、、
心は晴れぬまま、収容所を後にした。
ポーランド彷徨、6日目が終わった。
【写真1】死の門。「シンドラーのリスト」などホロコーストがテーマの映画で、何度となく描かれている
【写真2】荒涼としたビルケナウ収容所に立ち並ぶ木造バラック群
【写真3】木造バラック入り口。あまりにも粗末な作りだ、隙間風は容赦なく吹き込んだだろう
【写真4】木製の三段ベッドがぎっしり並ぶ。マットレスはなく、寝藁が敷かれていた
【写真5】収容者用のトイレ。排水用の溝は掘ってあったが、ほとんど役立たなかったという



